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イチ鉄子のダメダメ放浪日記。

SYSTEM-R

動態保存。 【くりはら田園鉄道】

2007年3月31日廃止、そして2010年6月13日・運命の日。

 
旅行日:2008年08月31日・2010年06月13日
かつて宮城県北部に、「栗原電鉄」が走っていました。
細倉鉱山で採取された鉱石や沿線で収穫された作物等を運び
また沿線の多くの人々を乗せて、国鉄そしてJRへ乗り入れも行っていた。

しかし1988年に細倉鉱山が閉山すると、経営状態は次第に悪化。
度重なる沿線自治体の話し合いによって
第三セクター方式で鉄道路線を維持する事が決定し
1995年4月1日、「くりはら田園鉄道」として再出発。

しかし地元の願い虚しく、2007年3月31日を以って鉄道輸送を廃止
廃止後も線路や駅施設等は暫くそのままの形で置かれておりました。

廃止後の2008年8月、乗車出来なかったくりでん廃線跡を訪問しました。
まずはその時の記録を、下画像を利用してご紹介致します。

 
くりはら田園鉄道路線図(2007年03月31日時点)
くりはら田園鉄道路線図
 
※路線図上の★or○をクリックすると、別窓で各駅の情報を表示します
 
※別窓は「Window Close」かブラウザ上の「×」等で閉じて下さい
   

そのまま放置されていくのかと思っていたくりでんに
大きな変化となったのは、2008年6月13日

くりでんの関連施設を保存し活用出来ないかと検討委員会が開かれ
これに参加なさっていた地域づくりプランナー・麦屋弥生さんと
鉄道博物館学芸員・岸由一郎さんが
この日発生した「岩手・宮城内陸地震」で、宿泊先であった
駒の湯温泉にて地震による土石流の犠牲となった。

麦屋さん、そして岸さんの遺志を継ぎ、幾多の検討が重ねられた結果
若柳駅を拠点とした鉄道公園が整備されることが決定。

また若柳駅を除く各設備は2010年1月までに
解体・撤去が進められたようです。

地震の発生した日から2年後の同日・2010年6月13日

鉄道公園としての「若柳駅」のお披露目と
初めての乗車会が開催されると云う事をTwitterを介して知り
急遽、旧若柳駅へと向かったのでした。
 
■地元の方々を始めとして、沢山の人々が集まりました
■駅舎へ向かって右隣には記念碑が建立されていました
■同裏面には沿革
■東北の駅百選選定駅の看板が再掲されていました
■どれだけの想いを以って、作り上げたのか計り知れない
■鉄道ファンより明らかに地元の方が多かった
■かつての運賃表も飾られていました

まずは、栗原市市長さんや麦屋さん・岸さんのご遺族の方々
そして関係者を乗せた一番列車が、予定通り11時丁度に発車。

出発時にKD953が警笛を鳴らすと、行列を作っていた人々も歓声を上げ
皆の視線はゆっくりと保存線を走る、くりでん車両に注がれました。

若柳駅から石越方へ、およそ500mの小旅行。
新設された「片町裏信号所」で折り返しの運行である。
信号所に停車後、運転士さんが運転台を移動して
進行方向を変更し、KD95は再び若柳駅へと戻って来た。

その後、11時30分からは一般向けの乗車会となりました。
しかし予想以上の来場者に、急遽KD951を連結して対応し
嬉しい2両編成での運行となりました。

午前中は11時30分、午後は13時から30分に1度の体験乗車。
「ボランティア協力費」として200円を出札口の係員さんへお渡しすると
1乗車のみ有効の、特製硬券が差し出されました。

■1〜2時間に1本程度だったのですね  
■駅舎側駅名標
■かつての制服に身を包んだOBの方々は記念撮影で大人気
■動態保存用線路の説明図、保存用線路右端が石越方・片町裏信号所  
■石越方の踏切から構内を望む
■栗駒方は道路建設中で線路は分断されています
■石越方に設けられた信号所
■係員さんがタブレット閉塞機を取り扱う(敷地内関係者以外立入禁止!)
■石越方の線路終端
 

改札口で硬券に入鋏して貰い、若柳駅構内へ。

以前(2008年8月)廃線跡を訪れた時とは全く違う
歓声が溢れる若柳駅を見て、嬉しくなりました。

確かに線路はもう寸断されて、繋がっていないけれど
人々の待ち望んだ「復活」なのだろうな、と感じました。
 
■当日の予定表と案内図
■建設中の道路側から見た若柳駅
■特製硬券…「折り返し」なのが分かります(笑)
■駅舎側のホームも一部切り取られていました
■残念な事に検修庫は線路分断により孤立状態
■一度は眠りについたベンチも、復活です
■綺麗に清掃されたようで、現役さながらの駅名板
■機関車も磨かれて小ざっぱりして見えます
■対向列車を待っているかのように思える

幸いなことに、私も一般向け一番列車に乗車出来ました。
外からも元気に走行する姿(しかも2両編成)を見たいと思いましたが
「 先に乗ってしまって、ゆっくり眺めよう!」と思いまして(笑)

かつての島式ホームから、ゆっくりと出発するKD95形。

廃線後錆び付いていたレールの上を、乗車出来る日が来るなんて
2008年8月の訪問時には、予想してもいなかった。

現役時代の姿を東北本線で石越駅を通過する際に
「ここに鉄道路線があるのか〜」程度にしか思っていなかった。
もしも奥羽山脈を越えて、秋田県まで線路が繋がっていたら
通り抜けの為に乗車していたとは思うけれど…。

行き止まりの路線に、何か特定の目的でもない限りは
乗車する機会など、持ち得なかった昔の自分に
「バカー!」と言っておきたい。

いえ、そもそも鉄じゃなかったんで仕方がないんですけどね。
■保存のため屋根が掛けられました  
■感慨深げに気動車を見つめるOBの方
■駆けつけた鉄道ファンは数十人程度だったのでは?
■一般向け一番列車の車内はすぐに満員になりました
■ピカピカに磨かれたくりでんマーク

一番列車の車内はご覧の通り、座席席はほぼ満席。
この後には立ち客で満員となりました。

この日はとても蒸し暑く、久々に作動したのか
KD95形のエアコンはほんのり…カビ臭ッ…(´Д`;)

鉄な方々を始めとして、くりでん再始動を心待ちにしていた皆さん。
それぞれ窓を開けて、写真や映像を撮影していましたが
「エアコンが作動しておりますので、窓はお閉め下さい〜」と
車内放送が流れると、皆さんきちんと窓を閉めていました(笑)

体験乗車の際は最高速度20km/hと云う規定が。
KD95形は構内をゆっくりと、石越方へと進んで行きました。
約3分で約500m先の折り返し地点である片町裏信号所へ到着。
ここでは信号所係員さんとのタブレット授受や
方向変更等の為運転士さんの移動等のため約4分停車。

腕木式信号機も「進行」表示となると
列車は再度若柳駅へと向かって走り出しました。
 
■味わいのある座席は本当に勿体無いほど
■運賃表
■方向幕は「若柳」の表示
■スタッフの皆さんが忙しく動き回っていました
■車体横のくりでんマーク


数分で再び、若柳駅の島式ホームへ到着。
「降りたくない!もっと乗るの!」と大声で頑張る子供達も…(笑)
残念ながら午前の運行はこれにて終了。
また乗ってあげてね、と思いつつ乗客の減った車内を
少々撮影してから私も下車。

エアコンの効いていた車内と違って、外はうだるような暑さ!
いやもう本気で溶けてグダグダでした orz
お見苦しい生き物でスミマセンスミマセン!

この後、乗車会の情報をTwitter経由で教えて下さった
「ひとり汽車旅・のりものの旅」管理人様と昼食をご一緒させて戴きました。
でも昼食の為訪れたお店で待機中、震度4の地震が発生Σ(@Д@;)

奇しくも、「岩手・宮城内陸地震」が発生したのは、3年前の同日

当日乗車会に参加なさったご遺族の方々や
「くりでん保存愛好会」の皆様等、本当に不安に
そして心を痛めたのではないかと心配…。
…亡くなったお二人が、見守っていてくれてる証だと思いたい。

■特等席には毎回子供で賑やかでした(笑)  
■片町裏信号所側の腕木式信号機
■片町裏信号所に停車中のKD953
■一般向け運行終了後、スタッフ乗車の際は「団体」の表示に!
■乗車会が終了し、静けさの戻った若柳駅
   
ここからおまけ。
 
■お昼ご飯に、旧栗駒駅近くの金龍さんへ行きました
■栗駒牛の特製牛丼、超美味でした!御馳走様でした!
■石越方/旧栗駒駅は既に駅舎もホームも無くなり更地に…
■細倉方/線路だけが残されています
がんばれくりでん!

乗車会は2010年は7月〜11月(冬期除く)、毎月第二日曜日開催予定。
是非復活したくりでんにご乗車下さいませ!

そんな訳で、乗車会体験動画をYoutubeへうpしてみました↓




※記載されている情報は2010年06月現在のものです
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design: [pondt]様よりお借りしました

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